2021年2月11日木曜日

「江戸後期における経世家の二つの型」、本多利明と海保青陵の場合

 「聖人という概念は、古学派のそれも含めて、全て否定される。彼らのとく、治国平天下の論理、勧善懲悪の倫理は富国=国家豊穣策に無益であるがためである」」

「さらに全業績を通じて、その基礎理念である自然治道そのものに、体制否定の論理を鋭く含んでいることを、正しく評価しなければならない。 」

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