『環境とエネルギーの経済分析』(学位論文)

 私の博士の学位論文(『環境とエネルギーの経済分析』、和歌山大学経済学叢書18

、白桃書房1992年10月6日刊)の全文は、以下からpdfファイルとしてダウンロードできます。(Googleからのダウンロードですが、アカウントを持っていなくても、またログインしなくてもダウンロードは出来ます)

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本文扉にも付加した「来歴」を以下に転載します。

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本稿は、日付にあるように1992年8月24日に書き上げられ、同年10月6日に和歌山大学研究叢書18として白桃書房から出版された。その後、神戸大学に博士の学位論文として提出され、1993年3月8日に学位が授与された。

私は1990年10月に岩手大学から和歌山大学経済学部に転任した。岩手大学のときは理論経済学の担当だった。そのなかで経済学が、豊かさを目的とした学問であることに限界を感じた。個人は別にして国家レベルでは日本はもう十分豊かではないのかと思ったからだ。そのために、大学教員そのものもやめようと思い妻に相談したことがあった。妻は、やめることをとめることはなかった。しかし、そうこうしているうちに、和歌山大学への転任することになったのだ。ちょうどその頃に、福岡克也先生の当時発売された環境と経済に関する著作を読んだ。著作の内容はよく覚えていないが、読んでいるうちに、環境破壊は経済の副産物ではないか。副産物を精密に扱えるフォンノイマンモデルで分析可能ではないかと思った。経済は豊かになったが、環境は貧困になった。大学から去る前に、一矢報いる思い出、経済学に関して自分が持っている知識で、環境問題に切り込んでいこう、そんな思いを抱えての和歌山大学への転任だった。

そこから、極めて高頻度で和歌山大学経済学部の紀要に環境関係の論文を発表していった。その一部がこの学位論文となった。元になった論文は、本書の最後に掲げている。

今の時点で、この論文の内容を振り返ってみると、もちろん当時は先進的なものだという自負はあったが、今になってみても、決して古くなったとは思わない。全体としてそうだが、特に3章の1節は、資源の散逸を線形経済学の枠組みで議論したもので、その後、海外の雑誌にも掲載されたが、いまだに現代の資源廃棄物問題のシステマティックな構造をえぐり出していると思っている。

改めて組版する過程で、すでに気付いていた誤りをただしたが、それで完全前に誤りから解放されたとは思っていない。諸氏の批判を歓迎するものである。

2021年4月8日 鷲 田 豊 明

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