『極相社会』

本稿は、私が神戸大学経済学部にいた1998年1月〜4月にかけて書いたものである。出版を意図していたが、引き受けていただける出版社がなかったために実現しなかった。その後、『環境評価入門』(勁草書房、1999年刊)などの執筆に移ったために、そのままになっていた。以下からダウンロードできる。(Googleからのダウンロードですが、アカウントを持っていなくても、またログインしなくてもダウンロードは出来ます)

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本稿の内容は、研究者としての私の最後の到達点であり、もともと社会科学に志した頃の根本問題、社会とは何か、社会の中で人間はどう生きざるを得ないのか、という問題に応えようとしたものである。いくつかの章が未完になっているが、私の意図するところはほとんど書き尽くされている。

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誇りについて

 誇りという言葉は、人をかりたて支えるものとなり得る。しかし、私がいつも意識する言葉ではない。というのも、この言葉は他者に対する意味が強すぎる。基本、「他者に誇る」のである。他者の存在抜きに、誇りが意味を成さないかといえば、必ずしもそうではないがそういう意味合いはない。