「内的自己と外的自己」

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ダウンロード (2021年6月1日一部改訂)

(概要) 

「内的自己と外的自己」

自己とは、固有の単独存在ではない。自己をそのような一個の存在として理解する限り、自己という複雑な現象をとらえることはできない。自己とは多面的二重性を基本とした複雑現象なのである。本稿の目的は、複雑現象としての自己を解明することを目的としている。それは我々の日々の苦悩を由来を明らかにし、死との対比において人間の生の形を解明するものとなるはずである。

自己は、その視点そのものが自己の内部にあるために、正しく自己を対象化して認識することができない。この認識困難な自己が内的自己である。一方、生命の本質的機能である表現は、内的自己の外部化されたものとしての外的自己を生み出す。外的自己は、われわれの生活の様々な側面で現れ、われわれの自己認識に迫ってくる。

われわれは、多様な外的自己に囲まれる一方で、安定した絶対的な内的自己を持たないまま生きざるを得ない。迷いは、不確かな内的自己から生まれる。偏りのある特定の外的自己像に依存し、内的自己を見誤れば、苦悩が生じる。自己を包む外的自己は、内的自己の部分的反映である。そこから可能な限り安定した自己像を形成することに常に注意していかなければならない。また、歪んだ外的自己像を正す勇気も時には必要になるだろう。自己を正しく表現する能力を研ぎ澄ますことも大切である。表現力は、その前提としての表現手段、表現領域は、それぞれの人によって異なっている。死を意識すれば、魂に想いを寄せれば、これらの努力の必要性は一層明確になるはずである。

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