2026年1月19日月曜日

一矢報いる

「一矢報いる」という言葉が好きだ。

大学教員になった頃の話だ。経済学に失望した時があった。結局その学問は、社会を豊かにすることを目指しているだけのことではないか、と思ったのだ。経営学は企業という単位で、企業の内側から社会を見るが、経済学の視座は初めから社会に置かれている。社会を豊かにするという学問的な目的が間違っているわけではない。しかし、ここまで豊かになった社会をさらにまた豊かにするための努力というのは、何も、自分がやらなくてはならないものではないと思ったのだ。経済学を志した時の、問題意識のようなものには、一応の決着をつけていた。そういう意味でも未練はなかった。大学教員を辞めようと思った。辞めることには妻の了解もとった。三十歳前半の頃だった。が、経済学にグッドバイする前に、一矢報いたと思った。その時浮かんだテーマが環境だった。経済学にとって最大の弱点、経済学のアキレス腱が環境だと思った。環境と経済学の問題に取り組むと、意外と手こずり、やるべきこと、面白いことがたくさんあって、そこに決着をつけるのに、十年以上の月日が必要だった。結局一旦大学を辞めたのは、46歳になった頃だ。

そういうこともあり、一矢報いるの精神は大事だと思うようになった。

 人生は「一矢報いる」程度で十分だと思う。その意味は、一般に言われるような、大勢は敗北だけれども何か一つ小さなことでもでも相手に打撃を与えられればそれでいいというものではない。そもそも人生に敵はいない。強いて言えば、敵は自分だ。一矢報いるとは、こと人生に限れば、その一矢で、全体の形成を変えるくらいのものになりうる。たとえ社会的には、どこにもそんな意味はなかったとして、自分にとっての一矢が大事なのだと思う。

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